昭和五十四年八月二十四日 朝の御理解


    御理解 第三十八節
   「垢離をとると云うが身体の垢離をとるより
    心のこりをとって信心せよ」


信心を続けておるんですけれども 果して心の垢離を取りながら 取って信心をせよ、と いわれる信心をすすめておるだろうか。
垢離の積みどおし、積ませどおし といったような事にもなって いないでしょうか、ね、だから垢離を取って、いわゆる水垢離をするという あの水垢離ですよね、勿論肩が垢るという。     あの垢離なんです。
私は今日、本当に信心は、教祖様がおっしゃる
「此の方の道は喜びで開けた道ぢゃから 喜びでは苦労はさせん」と おおせられるが、確かにそうだ、と こう実感しますが本当に喜んでさえいけばよいのだから こんなに容易い事はない
ところが実際は仲仲もってなら実感としてそれを 喜びとして受
けていく、という事はなかなか出来ません。          なら 今日の御理解のように、それこそ垢離を取る事に精進して
いかなければ、出来る事ではないのです。ね、
けれども その根本的なひとつの おかげの原理といったようなものがですね確かに あのう それを有難くとか。
喜びをもって受けていけば確かにおかげになる、という事だけは
確信が出来る、と いう信心、ね、
そして それに向かってです、もうそれこそ来る日も来る日もその事に取り組んで、信心の稽古をさして頂く、その取り組む、という事でも、例えば日々の御理解を基にして、ね、言わば喜ばせて頂けれる、一切を有難いと 頂いていけれる稽古をさして頂いて いくうちに、しつのまにか 抜けてくる。
私はもう、たったそれだけの事だから、それには ならどういう
信心をさして頂いたら良いだろうかと 此処へ退らして頂いてその事をあの ふと思わせて頂いたら あの、あざみの花を頂いた
野原にある野あざみですね、
あたしゃ野に咲く あざみの花よ ふみたおされても
横に咲くね、
ははあ 信心には根性がいる、と こう云われるが これは何をするにも そうでしょうけれども、ね、
例へ自分の思い、いやそれが踏みつけられたり、踏み倒されたり
するような事があってもです、それに こりずにいうなら、ね、
横に咲くという執念のような情熱がいる、という事です、
信心いよっても踏み倒された、信心しよっても損になった、といったような事ぢゃなくて、その横に咲く、という いよいよその事のいうならば 難儀の本質をわからしてもろうて 神愛とわからして頂けれる信心を頂きたい、ね、
昨日 昼から、こんな俳句とも何とも云えないですけれども出けました、これはあの 繁雄さんの心持ちになって出けた句なんです
お茶ならば おっちゃま とよばれ老ゆ
老ゆ というのは年を拾うてゆくという意味です。
お茶ならば おっちゃま とよばれ老ゆ、と
自転車に くくられてゆく 梅雨の傘
これを繰り返し読みよったら もう胸が何か熱うなるような感じがするんです。
光橋先生が亡くなられてからですから、もう二十五、六年にもなるでしょうか、その後を受けられて まあ私の身近な御用をして下さる、お茶の御用をして下さる、もうお茶ならば ま、あの繁雄さんは、と こうおっちゃまと皆がそういう、そういうふうに もう
お茶ならば おっちゃま と呼ばれてね、段々年を拾うてゆく、
二十、やんがて三十年近くにもなる それを今日までおかげを受けて来られた。自転車に くくられてゆく 梅雨の傘、と 
どんなに降ろうが 照ろうが ちゃんとその準備をして おそらく傘ぢゃないでしょう、雨合羽か何かで、まだ見た事もないですから繁雄さんの自転車というものを、けども、だろう、と こう私は思う、ね、梅雨は降らんでん おそらく合羽が後には いつけてあるだろう、ね、そういう 例えば三十年近くの信心をまあ、それこそ営々として続けて来られた。
先日から 今年はもう殊の外 十本余りのゴボウの苗がもう、見事に出けた、お婆さんと二人で田んぼに行ってから、お婆さんが云う事は「今年はこんなに見事に出来たから ちがわんごと神様が沢山ゴボウ作れち 云いよんなさるとぢゃろの」ち云うから、ウンそうかも知れんね、と 云うて まあ熟したって いうですか、もうちぎれよっとだけは少しばかり、ちぎって帰られた。
そして明日丁度よかごつなっとるから なら明日 と云うて明日行かれるところが みんなその 誰かがちぎっとった と いう。
そんときに繁雄さんの どうした奴ぢゃかね、と云うておられないね、こりゃ今年はもう いよいよ少しばっかり まきゃよかっぞ、ち、ひとっつも垢離を積んぢゃないでしょうが、ねえ、
そこの横ぞに、植木が植えてあるそうです、だからその植木のかげに陰れちから取るなら その わからん事、
取られるような所に植えてあったそうです、ね、 昨日は、あのうも今年は いうなら沢山コボウまいて良い、と神様がこんなに見事に作って下さったんだと喜んで帰り 明くる日それが取られてしもうておったら、今年はゴボウはもう、ちいっとばっかりまきゃよかっぞ、と もうそこには ね、垢離を積ますも 積むもない。
何もない淡淡とした、いうなら繁雄さんが お野菜と話し合いが出来られる。と云う事は そういうような事ぢゃないだろうか、と
私は思わして頂いた。
ね、そういう信心とか、そういう心の状態、というものが ね、
なら、一年、二年で一辺で出ける、とは思われない、ただ、わかっておる事は 段々、もう喜びで開けた道ぢゃから 喜びでは苦労はさせん、と 仰せられる。
もう一切を喜びで受けなきゃならん、一切が神愛ぞ、とはわかっておる、わかっておるけれども なら そういうような垢離を積ません、また そういう信心がわかったから、というて出けるものではないけれども、ね、それこそ降ろうが、照ろうが、ね、
人が何と、まあ繁雄さん達は、結構な者ぢゃあるの、背広どん着てから もう人が取り上げの時であろうが その、一本道を帰られると まあそういう陰口が聞こえて こんでもないわけ、けれども
いうなら御用一筋に今日まで来られた、という事の中にです、ね、それこそ 垢離を 積むどこぢゃない、積ますどこではない。
そういう心の状態が開けて来ておられる、ね、
そして昨日の御理解ぢゃないけれども、神様と皆さん、ね 又は
私と皆さんとの間にです、ね、信心をさして頂いて、神様まかせにならせて頂いて、いうなら親先生まかせにならせて頂いて、よし
投げ殺されても いとわない という相撲取りさんがね、しめ を張ってるのは、もう土俵の上で投げ殺されても文句は云いません
と いうものらしいです。
私は昨日のお月次祭に、あのう 二見浦の夫婦岩を頂きました。
其の事を芯にして お話させて頂いた事でしたけれども、それこそ行って見てびっくり、こげん もう大変素晴らしいもんかと思うとったら、どこにでんある感じの岩が ちょっとあって それに只
注連縄が張ってある ということが夫婦岩なんだ と、ね、
それで その注連縄によって その二つの岩が生きておるようにです、ね、いうならば本当に値打ちのある信者に、お取り立て頂きたい、という事はです、ね、熱心に参ってくる、熱心に その 信心をしておる、というてもです、ね、
お願いをしておっても 踏み倒された、と云ったような事では
おかげにならん と、ね。
踏み倒されても 横に咲くような意欲を燃やさして頂いて、はじめて、それこそ 親先生のお取り次を頂いて、右になろうが 左になろうが そこはもう 云うならば、任せ切るという事、そこに命をかける、と いう事が 一生懸命というのは、そういう事だという昨日の御理解を 夕べの御理解を頂いたんです、ね。
そういう信者を私は、値打ちのある信者だと それこそ お茶ならば、おっちゃま と呼ばれ老ゆ、と いうようにです。
昨日は お月次祭の後に この御建築の、あのう 広い部屋の、畳でいうと二百畳から敷かるそうですね、そこん所の いうならば
どういうふうにするか、という話し合いが御座いました。
で皆、信徒会長、総代さん方 皆集まって話し合いを致しておりましたけれども、「妖怪達にまかせておけ」と頂いたんです。
妖怪変化の妖怪です、いや、正義先生やら秋永先生が 妖怪とは思われんばってん、ね、私が夕方 ここ退ってから あのう いつもあのう 孫悟空がありよるんです、何かマンガの様な、何かね、
あれは堺正章か 何かが孫悟空で、だからあの、其の事の調子で頂いたです、ね、三蔵法師の尻には いうならば あの豚の八戒とかね、孫悟空とか いろいろ その御供の人達があるでしょう。
もう それこそ天竺に有難いお経を頂きにいく その途中には
ありとあらゆる難儀があるわけです。
けれども その、まあ 三蔵法師一人では、とても行けないところを ま、難関を乗り越え乗り越えして いく、という、その、ま 支那の物語りですかね、あれは 西遊記です。
妖怪達に まかせとけ、と、だから 私を、まず三蔵法師とするならば、なら 秋永先生に任せとけ、 正義先生に任せとけ 文雄さんも おるぢゃないか、高橋さんも居るではないか、と もう私達よりも、知識の上に於いて、物の見方、考え方に於いてもです、
私どんより洗練された方達が そこに一生懸命打ち込んで 御用頂いているのだから ね、私が とやこう云う事はない。
そして いよいよわからんところは、親先生、どう、と こうお伺いしてもらえば、もうそれでいい、と、だから私
あんたどんにお願いしとこ と云うてから早く寝ませて頂いたん
ですけれどもね、その妖怪達がおる、という事が素晴らしいでしょう、ね、この事ならば この人にまかせとけばよい、という事なんですよ、そういう信心がね、いうならば、なら昨日から今日にかけて聞いて頂いておる。ね、
神様と皆さん、私と皆さんの いうなら注連縄で こう、くくられておる、というか つながれておる程しの物を 各々が持って居られるから まかせとけばよい、という事になるのぢゃないでしょうか、ね、西遊記であの孫悟空とか何とか いうのは映画でみてみると 妖怪と人間というふうな意味の言葉を使ってるんです。
まあ そういう意味の事であった だと私は思うんです。
この事はもう この人が居ってくれるから もう大丈夫、ね、
この人に任せておけばよい、と云われるような信心、信者にお取り立てを頂く、という事、ね、その間には、です、様様なこともりましょう、十年 二十年 と信心を続けて行く、という事なのですから、ね、そして一切を喜びで受けられる信心。
これも昨日のお説教の中の芯になったんですけども、昨日高松和子先生が 此処でお知らせを頂いておる。
大きな西瓜、中をくり抜いて そして そのくり抜いたそれで蚊取線香を作っておるおしらせであった。
西瓜をくり抜いて そしてそれで蚊取線香を作る、そして それを上野愛子先生に恭しう捧げておるところを頂いたと こういう、ね皆さんも すぐ おわかりになるだろう、ね
西瓜 という事は 水火の行と云う事で一生懸命の行、という事でしょう、一生懸命の行に依って、なら何をめざす かというと
蚊取線香になる事を目指すわけです。
左巻き、馬鹿と阿呆で道をひらけ、と おっしゃる、も、それこそ垢離を積む、積ません ではない、もう本当に一切が有難い
神様の御都合、として受けられる信心
上野愛子というのは あの、最高の神という、いわゆる 天地金乃神様の事の表現でしょう。ね、
だから神様が 何が一番喜んで下さる、と いうても私共が そういう豊かな大きな 言葉が悪いけども、馬鹿と阿呆で道を開かせて頂けれるような心の状態を 頂いた時こそ、神様が喜んで受けて下さる信心だという、只 自分の我情我欲を申し述べる、という事だけが神様ぢゃない、自分が信心によって段々おかげを頂いていく、これは昨日の晩です、昨日一昨日 おそ出てから此処でもう本当に昨日一昨日はもう朝から もう、それこそあの 大変なおかげを頂いて、お礼に出てくる人達が続いてりました。
だから ほんに 私ぐらいなものの信心で、どうしてこういう、
皆が助かるだろうかと、どげん考えても勿体ない事ぢゃあるなあ
どうして この合楽教会が ここに発祥(天命を受けて天子となるめでたいしるしを あらわすこと)する、と いう事もね、そして私を 初代教会長として 神様が此処に御用に使って下さる。
という事も、私ぐれな人間を神様は、どうして此処まで、お取り立て、お引き立てを頂いただろうか、と 思わせて頂いたら あの
刀を真剣にこう 取り組んどる所を頂くんです、そしてね
   その刀を カチッとこう あの廻すところを頂いた、いわゆ   る峰打ちにする時にこう、手、持ち変えるでしょう
それを頂いたです。もう合楽の御比例はね、私が一切の事柄、一切の人をです、私に関わりのある事柄とか 人とを もう絶対に真剣にはどんなささいな問題でも、取り組んでおるけれども、ね、その相手を殺す、という事はしなかった、と いう事、峰打ちであったと いう事、ね、例えばこれは めぐりすらも そうである。
めぐりさまのおかげで今日がある、という時に めぐりが生きてきとるわけなんです、ね、もうあんな奴と、例えば こげなつは、
うちにはとても使われん、というても私がそれを なら 頂いてきておる、と云う事、そして その人達のおかげで、例えば今日がある、というような、おかげなんです。ね、
例えば棒にも箸にもかからん様な病人、例えば、古賀先生なんかが良い例です、ね、もう 一週間目には善導寺の香月さんという、お医者さんが見えて、「大坪先生、この人を早く帰さんと お教会に迷惑がかかりますよ」と いうほどしの状態だったのです。
胸の病気と ゼンソクでしたから、ね、
それでも私は二年間、黙って受けて来た。そのおかげです。
今も 熊本、佐賀へ広がっておりますのは、その 古賀さんの 皆お導きです、竹内先生どんも そうです。
熊本から今 お参りしてくる皆さんはみな その いうならばお話を聞いて 合楽におかげを頂いて来たんです、ね。
殺さずに いやというて断ったら、殺した事になる。
それを受けるところに生きてくる、ね、そのおかげで、と いう
私が今日おかげを頂いておるのは 一切を真剣に取り組んで きたけども、皆 みね打ちであった、と、いう事である。
この事と、今、高松和子先生が頂いたという、ね、西瓜で蚊取線香を作って、ね、一生懸命の修業によって それこそ繁雄さんぢゃないけども です、ね、垢離を積ませるどこではない、積むどこではない、ね、泥棒に盗って持って行かれても、です ね、
立派に出来た時には、立派に出来た時を喜び、盗られてしもた時には盗られてしもた事を喜べる、しかもそこが スンナリと出れる、と いう事はですね、それこそ長年の間、自転車に くくられて行く梅雨の傘、といったような信心修業が出来られてからの事だと思うのです、ね、ためには それを厳しくいうと、例えば
踏み倒されても、横に咲くような いうなら 根性が信心には必要だと、垢離を積むな 垢離を積ますな、と 初代 三井教会の初代は それを 言わば神情にされて来られた、と こういう。
だから その、神情と、只垢離を積むな 垢離を積ません、と努力するだけでなくて、その、せんですむ おかげというものは今日
皆さんに聞いて頂いたようなところが 段々出来てきて、ね
それこそ お茶ならば おっちゃまと呼ばれ老ゆ、であって、ね、もう これだけは あんたぢゃなからな出けん、といわれるくらいな、ね、信心を一つ願っての信心で なからなければならない、という事です。ね、昨日の 夕べのお説教の中に聞いて頂いた事と
昨日 ここに何気なく書いとったんですけども、今日の御理解を頂いてみると はあ、垢離を積まん、と云う事はね、繁雄さんの信心の こういう事だな、というふうに強く感じさせてもらったから、これを例にとって、まあ 聞いて頂いた、ね、
垢離をつませてもならんが 自分自身が まずは積まんおかげを頂かしてもろうて、成程、こういう信心に至って行く時にです。
此の方の道は喜びで開けた道だから 喜びでは苦労はさせん。
と、そこには も、喜びで受けなければおかげにならん のぢゃなくて そういうものだ という事を確信してそれに一歩づつでも近づいて行こうとする精進が、おかげを おかげたらしめるのです。ね、信心、力を、又はお徳を頂いていく、そういう積み重ねがお徳を、それこそ 垢離を積まんですむような、お徳を受けて行ける事が出来るのです。
              「どうぞ」